あかしやあかしやあかしや


奈良筆ができるまで

毛の話

『枕草子』にこんな一節がある。
「筆は冬毛を使うはみめよし、うの毛」――うの毛とは兎の毛。仲秋の頃に刈りとったウサギの毛は良筆の穂になった。紫毫(しごう)と呼んで賞用された兎の毛の筆は、漢代以来、毛筆の素材として多く用いられた。ネズミのヒゲをもっぱら用いたという普代の書家の記録もある。三筆として知られる空海は狸毛(りもう)を愛用したようだ。
他に、馬、ムササビ、羊、鹿、イタチ、テン、リス、猫など、ありとあらゆる獣毛が筆の素材となりうる。また、胸か腹か尻か、その部分と毛を刈る時期によって、同じ獣毛でも毛質はそれぞれに異なり、まさに百獣百様の書き味の筆となる。兎毛は先が鋭く、強靭かつ弾力に富み、鹿毛は柔毛だがやや剛く、腰が強い。狸毛はしなやかで、これも独自の弾力性を持つ・・・・・しかし、こうした特性は、えり抜かれ選毛されて初めて持ちうる特性だ。選毛の基準が厳しければ厳しいほど、深刻な原料不足の壁にぶちあたることになる。

猫の毛を例にとってみよう。玉毛の名で呼ばれるように、毛先に玉のある毛だけが筆の素材となる。百本に1本、千本に1本、あるかないか。綿毛の間からスッと長く伸びたあの玉毛だけを抜きとってゆくと、猫一匹から果たして筆一本がとれるかどうか・・・・・。それなら馬一頭、筆として生かせるのは、胴毛、足毛、しっぽ、中でも筆となって珍重される天尾(あまお)は、しっぽのつけ根にはえるほんのわずかの産毛(うぶげ)だと言う。刈られて筆となるためにはまず毛先のある毛でなければならない。一生一回、一度刈った後にはえる毛に、毛先はない。胎毛(ヒトの赤ちゃんの毛)が珍重されるのもそのためだ。毛先があって、先の遠い毛。先が遠いとは、毛先の長い毛。また獣なら種類を問わず、野性の、それも雄がいい。
ありとあらゆる獣の毛が素材となるとしながら、一方ではその全てが選毛の段階でふり落とされる可能性も同時にあわせ持っている。


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